「平和とは何か」。
この問いは、長崎に生きる私たちにとって、決して抽象的なテーマではありません。
1945年8月9日。長崎の地に投下された原子爆弾は、多くの尊い命を奪い、街を焼き尽くし、今なお癒えることのない傷を残しています。
この傷を「怒り」にしてはなりません。怒りでは何も解決出来ないのです。
だからこそ、長崎県民が語る「平和」は、ただ戦争を否定する言葉ではなく、“失われた命と、奪われた日常への想像力” を伴った、重みのある言葉になるのです。
平和とは「思いを継ぐこと」
平和とは、単に争いがない状態ではありません。
平和のもつ側面とは、
誰かの痛みに想像力を向けること
人と人が理解し合おうとする姿勢
過去を学び、未来へ語り継ぐ努力
こうした日々の“心の営み”そのものです。
長崎では、原爆資料館、平和公園、長崎県忠霊塔、そして県内各地の慰霊碑が、その想いを静かに語り続けています。
県民が日常の中で目にしてきたこれらの場所こそ、平和を学び、平和を伝える「生きた教科書」です。
〚長崎県民だからこそ出来ること〛
長崎には、特色のある歴史背景、文化、そして語り継ぐ土壌があります。
特に「語り継ぐ土壌」。それを生かすことこそ、私たちに与えられた使命です。
① 慰霊の心を日常に宿す
平和祈念公園、長崎県忠霊塔、長崎県護国神社をはじめ、県内各地にある慰霊碑や戦没者の遺構。
それらは単なる石碑や施設ではなく、私たちの平和への意志そのものです。
日々の清掃や参拝、場を整える行為は、「この地を忘れない」「二度と同じ悲劇を起こさない」という祈りの形です。
② 平和教育を“語る側”になる
長崎の平和学習(教育)は全国でも評価されていますが、本当に大切なのは“県民一人ひとりが語り部になること”。
体験者の高齢化が進む今、次の語り部は市民であり、平和活動家であり、若い世代です。
大切なのは完璧な知識ではなく、「長崎の歴史に向き合いたい」という姿勢です。
③ 地域の文化・歴史を守ることも平和
長崎の神社仏閣、教会群、城跡、伝統芸能、祭礼。
これらを守ることは、“戦争で失われかけた地域文化”を未来へ残す平和活動でもあります。
三城城跡に立つ長崎県忠霊塔もまた、戦没者の慰霊と歴史継承の象徴として、長崎の平和観の中心にあります。
④ 「優しさ」を社会に広げる公益の実践
平和は一足飛びに訪れるものではありません。
日々の思いやり、小さな助け合い、地域を良くする行動の積み重ねによって育まれます。
地域清掃、見守り活動、防災・防犯のパトロール、文化財の保全や清掃…
これらもすべて「平和を守る行為」です。
長崎から始めた公益活動は、やがて街を変え、社会を変える力になります。
平和は「行動」でしか守れない
平和は願うだけでは実現しません
そして、誰かが守ってくれるものでもありません。
長崎の地で生きる私たちは、歴史に寄り添い、命に向き合い、次世代へと語り継ぐ責任を背負っています。
平和とは、続けること。
慰霊のこころを、学びを、優しさを、次の世代へ渡し続けること。
長崎県民だからこそできることは、“平和を語り、守り、そして未来へつなぐこと”そのすべてなのです。
〚最後に〛
当社、長崎通信社の運営母体・長崎連盟では平和推進事業を展開しております。
これから、皆で何かできないか考えて、実行していきたい方は、是非、加盟して頂ければと思います。
※正連盟員・準連盟員と枠組みがあります。
発行:長崎通信社
