長崎県大村市の三城城跡で、城が築かれる1564年(永禄7年)以前から存在するとされる「古墓跡」の石標と複数の石仏が静かに佇んでいる。長崎県忠霊塔への参道(車道)脇、斜面に寄り添うように建つこれらの石碑は、地域の歴史と信仰が幾重にも重なった貴重な遺構だ。
石標に刻まれている文字は「三城築城以前之墓跡」。この一文は、三城城(中世)よりも古い時代から、この場所が埋葬の地として利用されていたことを物語る。城跡の調査や古文書からも、三城一帯には古くから集落や信仰の痕跡が点在していたと考えられており、今回の石標はその歴史を裏付ける確かな証拠の一つとなる。
石標の隣には、「南無阿弥陀仏」と刻まれた大きな自然石の念仏碑が置かれ、さらに複数の人物像が浮き彫りにされた小さな石仏が寄り添うように配置されており、地域の人々が古墓を大切に守り続けてきたことが伝わる。近年までは放置されており、経年による苔や風化が見られるが、現在は長崎県忠霊塔崇敬会を中心に手入れがされている。
三城城跡は、玖島城以前につかわれた中世の平山城として知られるが、この古墓跡はそれよりさらに古い歴史層を示す重要な手がかりだ。誰が埋葬され、どのような生活を営んでいたのか。詳細は明らかではないが、この場所で人々が祈りを捧げ続けてきた歴史だけは確かに刻まれている。
三城城の文化財保護活動・研究活動に携わる長崎県公教庁は、「三城には城だけではなく、もっと深い歴史が眠っています。こうした石仏や墓跡を後世に伝えていくことが、地域の文化を守ることにつながる」と語る。
三城城跡は今も静けさに包まれた丘にありながら、足を止める人々に長い歴史の層をそっと語りかけてくる。石仏と石標が残る一角は、地域の信仰と祈りが今なお息づく“小さな聖地”として佇んでいる。
