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〚長崎県〛戦没者追悼施設一覧

戦没者追悼施設1[PDFファイル/4MB]

戦没者追悼施設2[PDFファイル/2MB]


長崎県では、明治維新の戊辰戦争(明治元年~)から太平洋戦争(昭和16年~)まで、6万700余柱の県籍旧軍人等が命を落とした。その多くは太平洋戦争の4年間に犠牲となった者であり、家族や故郷に残された人々の悲しみは計り知れないものであった。


これら戦没者を弔う追悼施設は、県内に数多く建立されている。国立歴史民俗博物館の調査(平成15年3月)によれば、県内の追悼施設は645基にのぼり、そのうち戦没者を対象とした施設は250基以上にのぼる。その中で、 大村市三城町に昭和9年に建立された長崎県忠霊塔は、県内の中核的慰霊施設として位置付けられている。忠霊塔は戊辰戦争以降の戦没者を広範に祀り、遺族や地域の人々によって長年守られ、追悼式や慰霊祭が恒例として執り行われてきた。


また、沖縄や中国大陸で戦没した方々を弔う沖縄県糸満市の「鎮魂長崎の碑」をはじめ、各地の追悼施設も地域ごとに戦没者を祀る重要な拠点である。これらの施設は、家族を残して散った若者たちの無念さを想い、戦争の悲惨さを学ぶ場として平和教育に欠かせない役割を果たしている。


忠霊塔を中心とした戦没者追悼施設群は、過去の戦争の犠牲を後世に伝えるだけでなく、平和の大切さを考える教育の教材としても価値が高い。戦没者を弔う行為は、単なる記憶の継承ではなく、未来の世代に戦争の悲劇を繰り返さない教訓を伝える重要な営みである。


※原爆死没者の追悼施設については長崎原爆資料館のウェブサイト(外部サイトへ移動します)で詳しく紹介されていますのでそちらをご覧ください。(https://nabmuseum.jp/)