長崎県の県章は、現在使われているデザインだけではない。
実は平成3年(1991年)まで、長崎県では鶴を図案化した「旧県章」が、県を象徴するマークとして長く使用されてきた。
本記事では、長崎県章の変遷をたどり、旧県章と現行県章それぞれの特徴と背景を整理する。
(1)現行の長崎県の県章

長崎県のシンボルマークである県章は、平成3年(制定日:1991年8月30日)より制定され、「長崎県の制定(制定日:平成3年4月1日 告示第395号)」に規定されている。
そのデザインの意図は、長崎県の英文:NAGASAKI部分の頭文字「N」と、平和の象徴である「鳩(はと)」をデフォルメし、未来へ強く前進する長崎県の姿を表現しており、中央の円は地球で、長崎県の国際性を表し、色は長崎県の明るい海と空を表しています。
この県章は、平成2年に進められた「長崎県CI(コーポレート・アイデンティティ)推進運動」の一環として制定された。企業ブランドやロゴと同様に、県の存在やイメージを内外に明確に示すことを目的とし、「飛躍する長崎県」を印象づける象徴として位置づけられたものである。
シンボルマークの選定にあたっては、指名コンペおよび公募による作品募集が行われ、応募総数79点の中から選考委員会により13点に絞り込まれた。その後、県民投票が実施され、有効投票総数10,329票のうち2,335票(22.6%)を獲得した、長崎市内のデザイン事務所「スタジオファースト」制作の作品が採用された。(※当時の長崎県人口:約156万人)
以降、平成3年より、県旗、県職員記章、封筒、その他県の出版物などで使用展開している。

(2)現行以前の長崎県の(旧)県章
現行の県章が制定される以前、長崎県では、1925年(大正14年)に制定された「長崎県職員代表団の職員団旗画」が、事実上の県章として長年使用されてきた。
このマークは、紺地で左上に赤を基調とした県章を配し、右下に白抜きで「長崎県」と記されており、鶴を図案化したデザインであったことから、通称「鶴のマーク」と呼ばれている。正式な県章として法令で定められていたものではないが、国民体育大会などの公式行事において使用され、県を象徴する標章として広く認識されていた。
現在の県章は、国際性や未来志向を前面に打ち出したデザインである一方、旧県章には、長崎県の歴史や職員文化の中で育まれてきた象徴性が宿っている。
県章の変遷は、単なるデザインの変化ではなく、時代ごとに県がどのような姿を目指してきたのかを映し出す、ひとつの「県政史」ともいえるだろう。
※本記事は、長崎県章に関する資料が散在している現状を踏まえ、公開情報を基に整理・集約したものである。
発行元:長崎通信社
参照文献

